やま猫SOMETIMES

やまだ紫クロニクル

せけんなど、どうでもいいのです。おひさまいっこ あれば

やまだ紫詳細年譜

1970年代まで

*写真はポインタが変わるものは拡大表示されます。
  • 1948年 昭和23年 0歳 9月5日 東京(世田谷区)に生まれる。
  • 父・山田仲信、母・邦子の次女、本名・山田三津子。

  • 1950年 昭和25年 2歳 7月21日 父・仲信死去。
  • 幼少時から一人で絵を描き始める。

  • 1955年 昭和30年 7歳 世田谷区立三宿小学校入学。
  • 貸本漫画をよく読む。手塚治虫、小島剛夕、水木しげるらの作品を好んだ。
    この頃から絵でよく賞を貰うようになる。小学校高学年になると、少年少女世界文学大系を読みふける。
    好きな作家は夏目漱石、芥川龍之介、三島由紀夫、宮沢賢治などを好む。映画ではウォルト・ディズニー。

    ▼写真は前列左がやまだ紫。
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  • 1961年 昭和36年 13歳 世田谷区立新星中学校入学。後に笹塚中学に転校。
  • 1964年 昭和39年 16歳 私立富士見ヶ丘高校(現在…学園)入学。
  • 男四人に紅一点でフォークバンドを結成、ヴォーカル担当。

    <1964年8月、青林堂「ガロ」創刊>

  • 1966年 昭和41年 18歳 詩の同人会「しちにん」に参加。
  • <12月、虫プロ商事「COM」創刊>

    ▼写真は「COM」に投稿していた頃。
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  • 1967年 昭和42年 19歳 高校卒業後、デザイン事務所に勤める。
  • 雑誌「COM」へ漫画作品の投稿を始める。

  • 1969年 昭和44年 21歳 「COM」5月号『ひだり手の…』でデビュー。
  • 以後「COM」誌上に精力的に作品を発表。

  • 1971年 昭和46年 23歳 「ガロ」2月号『ああせけんさま』入選。
  • 8月28日、大阪府教育会館で行われた「まんがフェスティバル」に手塚治虫、石原春彦氏らと座談会に出席(「COM」ぐら・こん関西支部、中島隆氏主宰)。
  • 10月、最初の夫・Oと結婚。

    ▼71年当時の「自画像」。
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  • 1972年 昭和47年 24歳 『風の吹く頃』で第9回「ビッグコミック賞」佳作入選(作品の本誌掲載は翌年)。
  • 家事・育児に専念するため、休筆に入る

    ▼死後、原稿整理で並んだ「COM」「ガロ」「ビッグコミック賞」三冠の原稿。
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    ▼72年頃のやまだ紫。少女の面影が残る。
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  • 1973年 昭和48年 25歳 8月、長女もも出産。
  • 1974年 昭和49年 26歳 11月、次女ゆう出産。
  • この頃より夫と不仲になり、密かに画業復帰の準備をはじめる。

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  • 1978年 昭和53年 30歳 「ギャルズライフ」9月号に長月三津子名義で『わたしの青い星』発表、復帰。
  • 同年「ガロ」12月号に『ときどき陽溜まりで』を発表。(従来この作品が「復帰作」と呼ばれていたが誤り)

  • 1979年 昭和54年 31歳 「ガロ」2・3合併号より『性悪猫』を連載開始。(~80年2・3合併号)
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漫画家・詩人でもあった、やまだ紫(2009年5月5日歿)の作品リストや、年譜などがご覧いただけるページです。
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